2014/07/26

卵嚢ガードを中断して♂と交接するイエユウレイグモ♀(蜘蛛)



2014年6月上旬・室温23℃
▼前回の記事
卵嚢を持つイエユウレイグモ♀(蜘蛛)に求愛する♂

屋内の天井隅でイエユウレイグモPholcus phalangioides)の♂♀ペアが向かい合って牽制するように長い歩脚の先で触れ合っていたのはやはり求愛行動でした。
卵嚢を常にくわえて持ち歩きガードしていた♀が突然、左に向きを変えて♂から離れました。

てっきり争いに負けた♀が退散するのかと思って見ていました。
ところが♀は不規則網の片隅に卵嚢を一旦置くと、待っている♂の所に戻りました。
これは予想外の事態で、卵嚢を手放す決定的瞬間を撮り損ねてしまいました。

♀♂ペアは再び長い歩脚で互いに触れ合い、慎重に接近します。
遂にイエユウレイグモ♀は♂を迎え入れて交接を始めました。
頭を同じ向きに揃え、♂は♀の下面から触肢を外雌器に挿入しています。
計16本の長い歩脚が絡まること無く交接する様子は壮観です。
歩脚で抱き合うことはしません。

交接直前に♀が卵嚢を預けに行く間、♂が追いかけずにじっと待っているのも不思議でした。
「子どもを預けてくるからそこで待ってて♪」という意思疎通がちゃんとできているようにも見えますし、儀式化された手順があるのかもしれません。

野暮は承知の上で脚立に登りマグライトで照らしながら交接シーンを接写してみました。
なかなか撮りにくい体勢なので、触肢の結合状況があまりよく見えません。
以前オオハエトリの交接を飼育下で観察した際と同様に、♂の触肢から基部血嚢と呼ばれる薄い袋が飛び出しているようです。
この袋をリズミカルに膨張・収縮させることで、触肢内に貯えられた精子を外雌器に注入します。
マクロレンズを不用意に近づけると目に見えない不規則網に触れてしまい、その振動でクモを警戒させてしまいます。
眩しい照明もクモは嫌うようなので、接写はそこそこで諦めて遠くから見守ることにしました。

♀があれほど大切に抱えていた卵嚢を一時的に手放して交接するとは意外でした。
幼体が孵化するまで♀は卵嚢ガードを続けて次の交接を頑なに拒否するのかと思っていた私の予想は見事に外れました。
もし♀が卵嚢を保持したままだと、♂との交接に何か支障を来すのでしょうか?

素人の浅知恵ですけど、♀が卵嚢を口に咥えて保護するのではなく腹端の糸疣に付けて持ち歩くように進化すれば、卵嚢ガードと安全な再交接が両立できそうな気がします。
この卵塊は受精卵であることが後に判明します。

つまり、この♀は撮影時に処女ではなく既交尾♀でした。
一番知りたいのは、イエユウレイグモの♀は同じ♂と繰り返し交接しているのか(一夫一妻)それとも乱婚なのかという点です。(※)
つまりこの♂は♀が守る卵の父親なのか、DNA鑑定で血縁関係を調べてみたいものです。

卵嚢が別の♂の遺伝子を受け継いでいる場合、次に交接を試みる♂が卵嚢を壊したり食べたり強奪して捨てたりする子殺しを行う危険性があるのかもしれません。
♂が下手に子殺ししようとすると怒った♀に返り討ち(性的共食い)に合うリスクが高いのでしょうか? 
しかし♀が卵嚢を口に咥えている限り、毒牙で噛む反撃手段は封じられている気がします。
卵嚢を一時的に手放して交接するという行動が、卵を守りたい♀と何が何でも交接したい♂の双方にとってメリットがあるのでしょう(性的対立の妥協点でwin-win)。

♂は♀が持っていた卵塊の血縁度を認識できるのかな?
今回♂が子殺しをせず紳士的に振る舞ったのは卵が我が子と知っていたから?…なんてね。
やはり父子鑑定してみたくなります。

もし交接中に新たなイエユウレイグモが不規則網に侵入してきた場合、♀は卵嚢を守るために交接を中断し慌てて取りに行くのかどうか、興味があります。
これはやろうと思えば実験可能です。
網に預けている卵嚢を観察者が取り上げようとするだけでも振動で♀は異変に気づくはずです。

それとも交接中の♂の方が先に反応して、侵入したライバル♂または外敵を追い払おうとするかな?

つづく

※ 後日イエユウレイグモ♂に個体識別のマーキングを施した結果、何匹もの♂が入れ替わり立ち代り♀の居る不規則網を訪れては同居?することが判明しました。(ただし、交接を観察できたのはこの一度だけ。)


【追記】
イエユウレイグモ♀は自然環境で一妻多夫と調べが付いているようです。
Female Pholcus phalangioides are polyandrous in natural populations....
(Schäfer, Martin A., and Gabriele Uhl. "Determinants of paternity success in the spider Pholcus phalangioides (Pholcidae: Araneae): the role of male and female mating behaviour." Behavioral Ecology and Sociobiology 51.4 (2002): 368-377.)
検索すれば無料PDFファイルがダウンロードできます。

【追記2】
「クモ蟲画像掲示板」にて、きどばんさんより以下のコメントを頂きました。
卵を守っている、若しくは産卵予定の♀にとって♂の求愛は一種の脅威です。この脅威を回避する方法は大別して2種類あり、「雌雄の体格差が大きい場合は単純に♂を追っ払う、小さい場合は無理に争わず♂の求愛を受け入れる」というのがクモ屋の「一般的常識」となっています。既に産卵している♀に「精子間競争」は無意味のように思えますが、複数回産卵する種にとっては大きな意味を持つのかもしれませんね。また♀は意識的に遺伝的多様性を確保しようとしている可能性もありますし。
確かに今回のペアは目測ではほぼ同サイズでした。



オオダイコンソウの花蜜を吸うヒメシジミ♂



2014年6月中旬

里山の草地に咲いたオオダイコンソウの花にヒメシジミ♂(Plebejus argus micrargus)が来ていました。
翅がかなり破損した個体です。
吸蜜した後、花弁に乗ったまま休んでいます(日光浴?)。



2014/07/25

卵嚢を持つイエユウレイグモ♀(蜘蛛)に求愛する♂



2014年6月上旬・室温22℃

室内の天井隅(北東の角、床からの高さ240cm)に不規則網を張っていたイエユウレイグモPholcus phalangioides)がある朝、2匹で接近戦のような不思議なダンスを踊っていました。
1匹は口に卵嚢(卵塊)を咥えていることから成体♀のようです。
もう1匹は接写してみると触肢が発達した♂成体と判明。
目視では体長に性差は無さそうです。
♂♀ともに8本の歩脚は完全無傷で大きな欠損はありません。
この部屋でイエユウレイグモの存在を意識しなかったので、不規則網の持ち主は誰なのか不明です。
予想ではこの場所に元から居を構えていた♀のもとに♂が交接目当てでやって来たのでしょう。

♀♂ペアが不規則網で互いに向き合い、長い歩脚で優雅に触れ合っています。
網の所有権(縄張り)を巡って「近づくな!」と牽制しているようにも見えますし、♂が糸を弾いて求愛信号を送っているのかもしれません。
果たして♀の琴線に触れるでしょうか?
背景の天井や壁が白いので、不規則網や糸が見えないのは残念です。

いかにもこれから交接しそうな予感がしました。
気になる点として、♀が卵嚢を持ち歩いていることです。
このまま♂を受け入れて交接できるのでしょうか?
それとも、卵嚢ガード中の♀は
幼体が無事に孵化するまで♂を頑なに拒むでしょうか?(「触わらないで!」)
だとすれば、子持ちの♀と交接するためなら♂は子殺し(食卵)も辞さないでしょうか?(※)
♀は卵嚢を咥えている(触肢で保持?)限り、毒牙で噛む反撃は不可能です。
交接中に性的共食いを行うでしょうか?
以上のポイントを念頭に、固唾を呑んで観察を続けます。

脚立に登り白色LEDのマグライトで照らしながら接写してみると、先ず♀が抱えている卵嚢の大きさに驚かされます。
直径は体長の半分ぐらいでしょうか?
少なくとも、♀頭胸部よりも卵嚢の方が大きいです。
この卵塊は受精卵であることが後に判明します。
眩しい照明を嫌ったのか、♀は横を向いてしまいました。
次に♂を接写すると、触肢が発達しています。
♂が精網を作っている様子は見ていないので、既に触肢への移精が済んでいるのでしょう。
接写するとカメラがうっかり網に触れてしまいますし、照明がクモの配偶行動を邪魔してしまうようです。
離れた位置からの撮影に戻すとクモは落ち着いてくれました。

イエユウレイグモ♀の方が積極的になるときもあり♂は及び腰に見えますが、「押して駄目なら引いてみな」という恋の駆け引きかもしれません。
やがて♂が熱烈な求愛アタックを再開しました。
かなり接近したものの、未だ交接には成功していないようです。
一旦離れました。

つづく

クモ生理生態事典 2011』サイトを参照すると、イエユウレイグモの

産卵期は6~8月,卵は糸で薄く包んで口にくわえて保護する。
ごくありふれた普通種なのに誰も調べていないのか、配偶行動に関する記述はありませんでした。


英語版wikipediaでは「♀は20〜30個の卵を触肢で抱える」という表現をしています。

卵嚢の持ち方は一体どちらが正しいのでしょう?
卵嚢ガード中のイエユウレイグモ♀を捕獲して麻酔下で卵嚢をピンセットでそっと取り上げてみればきっと分かるでしょう。


※【追記】
子殺し」というショッキングな現象は動物行動学において重要なテーマの一つです。
ハヌマラングールという猿やライオンの♂がハーレムを乗っ取った後に♀の連れ子を次々に殺す例が有名です。
昆虫ではタガメの♂が守る卵塊を♀が襲って卵を壊してから♂と交尾する子殺しが日本で初めて発見されました。

クモで見られる子殺しの例として
クモの一種Stegodyphus lineatusである。このクモのオスはメスの巣に侵入して卵包を捨てる。メスは生涯で一つのクラッチしか持たないためにこれは繁殖成功を著しく減少させる。そのため怪我や死もまれではない激しい闘争が起きる。(wikipediaより)



卵嚢をくわえガードする♀成体
♂成体の触肢
♂成体の触肢

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