2014/01/10

ニホンザルの死骸に集まるミツバチの謎



2013年9月下旬

ニホンザルの死骸を土に還す者たち:#07

ここで意外なゲストの登場です。
死臭に引き寄せられるようにミツバチのワーカー♀が続々と飛来し、死顔の眼窩と鼻孔に出入りしています。
穴から出てきたミツバチは興奮したように定位飛行(ホバリングしながら扇状に飛ぶ)を繰り返して場所をしっかり記憶してから飛び去ります。
死顔の穴を気に入って同一個体の蜂が繰り返し訪れていることを示唆しています。
前回の記事#06で示したように、同じアングルで長時間の微速度撮影してみるとミツバチが何匹もしつこく繰り返し死骸の眼窩や鼻腔に出入りしている様子が記録されていました。
ミツバチの後脚の花粉籠は空荷でした。
腐乱死体にミツバチが一体何の用があるのでしょうか?

隣で横たわるもう一頭の死骸の眼窩にも同じようにウジ虫が湧いているのに、不思議なことになぜかミツバチは全く来ていません。
腐敗(生物分解)の進行度が微妙に異なり、ミツバチを強く誘引する物が片方の死骸Rにだけあってもう一方Lには無いのでしょう。
また、死骸Rの左右の眼窩の中でもミツバチが来ているのは右側だけです。
法医昆虫学では死体に集まる虫の種類を調べることで死因や死亡推定時刻などを解き明かす上で重要な手掛かりとなります(虫の知らせ)。
ミツバチが来ている猿の死骸は何を物語っているのでしょうか?

一匹だけなら「味覚のおかしいゲテモノ好きな蜂も居るもんだ(異常行動?)」と片付けられそうです。
しかし、何匹も集まって来るからには何か意味や目的があるはずです。
思いつく限りの可能性を絞り出してみました。

仮説1
ミツバチにしては余りにも想定外の行動なので、初めはもしかするとミツバチにベーツ擬態したハエなのか?と考えました。
残念ながら檻の外から観察するだけで、採集できませんでした。
しかし後日の定点観察で2匹サンプリングしてみた結果、やはり翅が4枚ある蜂でニホンミツバチでした。

仮説2
死骸の脳髄や体液を吸汁しに来た?
「腐りかけの食物は旨みが増す」原理が働き、ミツバチには禁断の蜜の味がするのかもしれません。
確か映画『インディージョーンズ』で開頭した猿の生首を食卓に供された考古学者が吐き気を催すシーンがありましたね(猿の脳みそを召し上がれ)。
それよりも更にグロい話です…。

YouTubeで米国の蜂屋さんに興味深いコメントを頂きました。
ミツバチ科ハリナシバチ亜科の中には訪花せず屍肉に集まる「vulture bee」という珍しい習性の蜂がいるそうです。
ただし日本には分布していないようです。
まさか新種の発見!…なんてね。(笑)

仮説3
ミツバチが頭蓋骨の中にコロニーごと引越すつもりなのかもしれません。
ウジ虫など屍肉掃除屋の仕事が済むのを待ち兼ねるように、気の早い斥候部隊が空き物件を物色している?
自らも頭蓋骨の内部を舐めて掃除しているのでしょうか。
死骸の眼窩から出た蜂は巣に戻って仲間を呼び寄せる有名な8の字ダンスを踊るのかもしれません。
野生のニホンミツバチは樹洞などに営巣するはずですが、最近は山でもよほどひどい住宅難なのでしょうか?
白骨化した頭蓋骨(髑髏・しゃれこうべ)の内部に自然営巣するニホンミツバチを想像しただけでシュールな(最高にイカシタ/イカレタ)光景です。
たとえば『マルハナバチの謎・上巻(ハリフマンの昆虫ウォッチング)』を読むと、森番の小屋でポインターという犬種の剥製の体内にマルハナバチが営巣し剥製の口から蜂が出入りしていた、という興味深い話がp36に登場します。



仮説4

日本産ニホンミツバチと種レベルでは同種のベトナム産トウヨウミツバチ(Apis cerana)で驚くべき習性が新たに報告されました。

獣糞を集めて巣口の周囲に塗りつけ、オオスズメバチの斥候が侵入しないよう忌避剤として使っている、というのです。(ミツバチの道具使用!)

ニホンミツバチが動物の腐乱死体に集まるのも、もしかすると不潔な汚物を巣に持ち帰って匂い付けするためだとしたら興味深い!と興奮しました。

もちろん関係ないかもしれませんが、あまりにも魅力的な仮説なので紹介しておきます。

今回、ニホンザルの死体に通って来るニホンミツバチの巣を突き止められなかったのが残念です。

原著論文の出典はこちら。(オープンアクセスで全文PDFをダウンロード可能)

Mattila HR, Otis GW, Nguyen LTP, Pham HD, Knight OM, Phan NT (2020) Honey bees (Apis cerana) use animal feces as a tool to defend colonies against group attack by giant hornets (Vespa soror). PLoS ONE 15(12): e0242668. https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0242668


日本語での解説記事はこちら。

・ミツバチ、動物のふんで外敵を「撃退」(@CNN日本語版

・ミツバチ、動物の糞でスズメバチを撃退、研究 ― 巣の入り口に糞を塗るとスズメバチが寄り付かない、道具使用を初確認か  (@ナショナルジオグラフィック日本語版

英語での詳しい解説記事はこちら。

Giant hornets on the attack? Try a little water buffalo poop (@Science誌

Science誌は動画も公開しています。

これに登場するスズメバチは、日本産ヒメスズメバチと見た目は似ているのに、養蜂巣箱を集団で襲う習性はオオスズメバチのようです。




私は現場のひどい腐臭も忘れてワクワクし、これは最後まで見届けねば!と定点観察を続ける覚悟を固めました。
ただし普通に考えれば、ニホンミツバチが巣別れ(分封)する時期はとっくに過ぎているはずです。
何らかの理由で巣を逃去したコロニーですかね?
また、これから巣作りする空間として頭蓋骨は狭過ぎる気もします。

【参考】 分蜂群が新たなすみかに入るときには、先着蜂がちゃんと外側に尻を向けて集合フェロモンを放出しながら扇風し、後続の仲間を誘導する。(佐々木正己『ニホンミツバチ:北限のApis cerana』p107より)
↑そのような行動は今回見られませんでした。



不都合な真実?
蜂の腹部の色を見ると、黒っぽいニホンミツバチに混じって明るい褐色帯をもつセイヨウミツバチらしき個体も来ていました。
(ただしこの見分け方は実は自信がなくて、採集した蜂の後翅の翅脈を調べてみないとはっきりと区別できません。)
どこの巣箱から通って来ているのか知りませんが、このコロニーの蜂蜜を味見するのはちょっと遠慮したいですね…。
ミツバチが屍肉に群がるという驚きの習性は、養蜂業者にとってはもしかすると「不都合な真実」なのかもしれません。
集めた花蜜の水分を飛ばして濃縮した蜂蜜は高い浸透圧で天然の殺菌効果があります。
例えば、古代エジプト人たちがミイラ作成とは別に屍体をハチミツ漬けにしたのは、ハチミツに強力な防腐作用があるからです。(『蜂は職人・デザイナー』p71より)


したがって、汚物に触れた不浄な蜂が巣箱に出入りしていても蜂蜜の品質には別に問題は無いと思います(知らぬが仏)。

むしろハチミツに独特の風味が出てきたりして…。
しかし、一般の消費者は「蜂蜜に汚物が混入した」と知ればヒステリックに不買運動を起こしそうです(風評被害)。
蜂蜜のブランド・イメージを守るために、巣箱の周囲、働き蜂の行動圏に動物の死骸が1匹でも見つかったら蜂蜜の出荷をしばらく停止する、なんていう対処は非現実的で神経質すぎる気がします。


 古代エジプトや中国では、ハチミツは、ミイラづくりの材料として、蜜蝋とともに用いられている。当方遠征の帰途に死亡したマケドニアのアレクサンドロス大王の遺体は、遺言にしたがって、黄金の柩の中でハチミツ漬にされ、バビロンからアレキサンドリアへ運ばれたという。これは、ハチミツの殺菌力が2000年以上も前から認識され、神聖視されていたことを物語っている。 (松浦誠『社会性ハチの不思議な社会』p246より引用)


余談ですが、さっきから映像でピーヒョロロ♪と聞こえるのは上空を飛ぶトビの鳴き声でしょうか。
トビがハゲタカのように死臭を嗅ぎつけて集まり屍肉を食べるなんて、聞いたことはないですけど私が勉強不足なだけかもしれません。
幸い鉄の檻で厳重に守られているので、放置された死骸がカラスや犬などに盗まれるおそれはありません。

日が経つと死骸に来たミツバチは更に奇妙な驚愕の行動を取り始めるのです。
お楽しみに。

つづく→シリーズ#08




【追記】
マディソン・リー ゴフ『法医昆虫学者の事件簿』を読むと、
死体を食べているウジを獲物としているアリやハチの成虫はしばしば見かけるが、腐敗中の死体はつかの間しか存在しないという性質をもつから、死体に社会性昆虫の丸ごとのコロニーを見かけることはまずありえない。(文庫版p155より引用)
本職(法医昆虫学者)の筆者が米国で見聞きした殺人事件の中で例外としては、頭蓋骨の中にアシナガキアリのコロニーが見つかった例(p154)と頭蓋の内部にアシナガバチの古巣があった例(p159)が記されていました。
本書にミツバチは登場しませんでした。


ニホンミツバチ@死骸・眼窩
セイヨウミツバチ?@死骸・鼻腔

6 件のコメント:

  1. 腐敗と発酵の微妙な違いが個体差にあったのでしょうか。ミツバチは花の蜜や花粉に含まれるたんぱく質を必要としているんですよね、上手い具合にアミノ酸に変わっていたのでしょう。
    蚊は花の蜜に比べて血液を吸った方が20倍産卵出来ると聞きます、ひょっとするとミツバチも動物性たんぱく質を摂取した方が幼虫の成長が早いのではないでしょうか。まぁ、動物の死骸にありつく方が確立がグッと減るので、先祖返りの一つが現れた現象じゃないかと感じました。蜂の食性は肉食から草食へ進化?
    鳶は単に死体を見つけただけではないかと思います。猫などの死体が夜中に道路にあって、朝方人家の少ない地域では鳶が来ているのを目撃したことがあります。バイクで走っている時に、10m前方の蛇の死骸に急降下してきた鳶にも遭遇しました。

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    1. コメントありがとうございます。
      トビについて
      狩った獲物を捕食するだけでなく、屍肉を食べることもあるのですね。
      勉強になりました。
      現場は山裾なので、たまたま上昇気流に乗って気持よく旋回しているだけなのか、死骸目当てに集まってきたのか、どっちかな?と思ったのでした。

      ミツバチ謎の行動について
      大筋としてはおそらく吉原将軍さんのおっしゃる通りの吸汁行動でしょう。
      自分なりに必死に考えてみたのですが、真実は私の常識や想像を遥かに越えていました。
      後日、死骸に湧いたウジ虫をミツバチが狩って捕食?するという驚愕の映像が撮れました。
      ミツバチの口器の形状から考えても、全く意外でした。
      続編をお楽しみに!
      シリーズ#8までは全て観察初日の記録です。

      ネット検索しても似た様な事例はなぜか報告されていません。
      養蜂家の間では知る人ぞ知る隠された真実なのでは?と思うのは私の勘ぐり過ぎでしょうか。

      英語の検索キーワードに切り替えて調べてみると、面白いことが分かりました。
      大昔の人々は死骸に群がるミツバチのことを知っていた可能性があります。
      古代エジプトの神話や旧約聖書にそのような記述があるそうです。
      ミツバチは動物の死骸から「自然発生」すると西洋では19世紀まで信じられていたそうです。
      やがて非科学的で荒唐無稽の伝承と否定され忘れ去られていたようです。
      ハエと見間違えたのだろうというのが現在の論調ですけど、今回の観察でどんでん返しがあるかもしれません。
      http://www.bees-and-beekeeping.com/honey-bee-biology-misconceptions.html
      http://www.agriculture.purdue.edu/agcom/newscolumns/archives/OSL/2006/May/060511OSL.htm

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  2. 以前、山の側溝で瀕死で下腹部にウジがわいた状態の猫を見つけ保護したことがありました。その際、ミツバチが猫にたかったり周りを飛び回っていました。残念ながら保護した猫は間もなく亡くなりました。ミツバチに関して個人の想像ですが、「ミツバチは好みの匂いや栄養があれば屍肉の体液やウジなどの副産物からの滲出液を吸うことがあるんだろう。でもそれが公になったら食品としては大打撃になるから伏せられているんだろうな。」と思いました。私は猫も昆虫も好きなだけで知識がないので本当にただの想像です。でもその時のミツバチの行動がとても印象的だったので検索したらこちらのサイトを見つけましたので失礼しました。

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    1. 興味深い体験談をありがとうございました。
      「養蜂業者にとって不都合な真実」説はやっぱり思いますよね。
      コメント通知に気づかず、返信が遅れて申し訳ありません。

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  3.  小畑弘己著『昆虫考古学』(角川選書、H30)に、遺体に集まる生物としてミツバチが挙げられています。「液化状態の時に遺体を食べる」のだそうです。
     本当に?と思って検索してこちらのサイトにたどり着いた次第です。

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    1. 情報提供ありがとうございました。その本は書名からして気になっていたので、図書館で探してみます。
      通知に気づかず、返信が遅れてすいませんでした。

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